名古屋とは

名古屋駅(なごやえき)は、愛知県名古屋市中村区名駅にある、東海旅客鉄道(JR東海)・日本貨物鉄道(JR貨物)・名古屋臨海高速鉄道名古屋市交通局名古屋市営地下鉄)のである。

概要

JRセントラルタワーズ名古屋城天守。両者を対比すると駅ビルの巨大さがわかる。(2015年10月)

中部地方最大のターミナル駅であり、広域輸送の拠点となっている。JRは東海道新幹線の全列車が停車し、在来線は当駅を中心に各方面へ特急列車が発着している。市内各所を結ぶあおなみ線、名古屋市営地下鉄も乗り入れており、近接する名鉄名古屋駅近鉄名古屋駅とあわせ、中部地方最大の鉄道ターミナルとして機能している。駅長駅員配置駅(直営駅)であり、管理駅として、尾頭橋駅枇杷島駅の2駅を管理している。

略称の「名駅(めいえき)」は当駅周辺の地名となっている。乗り換えや地下街との連絡の悪さなどから、この名称をもじって「迷駅(めいえき)」という呼び名が地元で定着している[1][2]

JR東海本社が入居する駅ビルJRセントラルタワーズ」は都市再開発によって1999年に竣工し、2010年現在、世界一売り場面積の広い駅ビルとしてギネス・ワールド・レコーズに申請されている。名古屋のランドマークとなり、利便性を生かして多大な集客力を誇っている。このビルを発端として駅周辺は数多くの再開発が進められている。

JR名古屋駅の事務管コードは、▲530116である。なお、名古屋市内の事務管コードは、▲539901が用いられている[3]

第2回中部の駅百選に選定されている。

乗り入れ・接続路線

JR東海は、東海道新幹線東海道本線中央本線関西本線の各線が乗り入れている。在来線における当駅の所属線は東海道本線である[4]。中央本線は当駅が終点であり、関西本線は当駅が起点となっている。なお、先に挙げた在来線の3路線については、いずれもJR貨物が第二種鉄道事業者である。JRの特定都区市内制度における「名古屋市内」の駅であり、運賃計算の中心駅となる。JR東海在来線には2018年3月から駅番号が設定された。

名古屋臨海高速鉄道および名古屋市営地下鉄は次の路線が発着している。これらの駅には駅番号が設定されているため、それも合わせて記す。

あおなみ線(西名古屋港線)は当駅が起点である。

次の駅と相互接続しており、乗り換えが可能となっている。

歴史

進駐軍専用待合室

日本の東西両京を結ぶ鉄道路線計画は、東海道経由と中山道経由のいずれにするかが、明治10年代後半まで決定されていなかった。1884年(明治17年)に中山道ルートの採用が決定し(中山道幹線を参照)たが、その建設資材を搬入するため、太平洋側と中山道を結ぶ鉄道路線が同時に計画された。

中山道の加納宿(現在の岐阜市)より三河湾に面した知多半島武豊港までを結ぶ路線(現在の東海道本線の一部及び武豊線)がそれで、1886年(明治19年)4月1日に加納(翌年に岐阜と改称) – 熱田間がまず開業し、その翌月の5月1日名護屋駅が当時の広井村笹島地内に開設された。場所は現在の駅より200mほど南方、今日では笹島交差点のある辺りであり、当時は葦が茫々と繁る湿地帯であった。低湿地帯が広がる盛土のため、金山台地を切り取るという大工事を要し、それは加納 – 熱田間開業の翌月へ名護屋駅の開設がずれ込んだ理由とされている[9]

開設の翌年には名古屋駅と改称されるが、当時は「笹島ステンション」と広く呼ばれていた[10]

その後、東西両京を結ぶ幹線鉄道は碓氷峠など山岳地帯の工事が予想以上に難航するとみられたこと、さらに当時の名古屋区長(現在の市長格)である吉田禄在が中山道幹線では名古屋を通過しないことになり、名古屋の衰退を招くと、東海道経由への計画変更を政府へ働きかけたこともあり[11]、岐阜以西の幹線鉄道ルートは美濃路・東海道経由に変更され、名古屋は東海道幹線上の駅とされることとなった。またこの吉田により、名古屋駅の近くを通り、名古屋駅と市街地を結ぶ道となる広小路通も拡幅され、後の1898年(明治31年)には京都電気鉄道に次いで日本で2番目の路面電車となる名古屋電気鉄道(→名古屋市電)がこの通り上へ開通している(笹島 – 県庁前間)。

1892年(明治25年)には、前年の濃尾地震で倒壊した初代駅舎に代わって、2代目の駅舎が竣工。そして1895年(明治28年)には関西本線の前身となる私鉄の関西鉄道が当駅まで乗り入れ、1900年(明治33年)には現在の中央本線となる官営鉄道線が名古屋駅を起点に多治見まで開業し、複数路線が乗り入れるターミナル駅へと成長した。

なお、関西鉄道は後に名阪間輸送で官営鉄道と競うことを見込み、名古屋乗り入れ翌年の1896年(明治29年)には名古屋駅のすぐ南方、現在では名古屋車両区がある辺りに独自ターミナルの愛知駅を開設しているが、鉄道国有法に基づき関西鉄道が国有化されたことにより、国有化2年後の1909年(明治42年)に廃止されている。

1889年(明治22年)には日本の鉄道総延長1,000マイル (1,609km) 達成記念、1906年(明治39年)には5,000マイル (8,046km) 達成記念の祝賀行事がそれぞれ名古屋で開催された[12]

1937年(昭和12年)には高架化工事が竣工し、駅は北へ200mほど移転し、駅舎は地上5階(一部6階)・地下1階の鉄筋コンクリート製の堂々たる建物に改められた。この駅舎は、セントラルタワーズの建設工事が始まる1993年(平成5年)10月まで使用された。

名古屋市営地下鉄東山線は、建設当初、国鉄との相互直通運転を行う計画があり、国鉄のホームの東側に地上のホームを設置する計画があったが、断念。結局、東口の地下にホームが建設された。

将来は、リニア中央新幹線の駅が併設される[13]。JR東海は、将来の関西圏延伸までに大多数の乗客が行う既存新幹線との相互乗り換えに配慮し、名古屋駅新幹線ホーム直下の大深度に新駅を建設した場合に乗り換えにかかる移動時間が3分 – 9分であると試算報告し、既存の名古屋駅を拡張する計画である

待ち合わせスポット

金の時計

桜通口側(東側)の待ち合わせスポット。タワーズ1階中央コンコースのエスカレーター前に立つ時計とその周辺エリアのこと。

かつて旧駅ビル時代はステンドグラスの下の大時計と発着列車案内(1967年にブラウン管式を設置[注釈 9]、1981年に反転フラップ式案内表示機に更新[54])や名古屋城模型があったが、今は細長い金色の時計が立っている。その両側(南北)はジェイアール名古屋タカシマヤの出入り口になっており、東側にも高島屋の2Fやタワーズ上層階エレベーターへつながるエスカレーターがあることから、「高島屋エスカレーター前」とも呼ばれる。

銀の時計

太閤通口側(西側)の待ち合わせスポット。JR名古屋駅の2つの新幹線改札口の間に置かれたモニュメント風のセイコー社製の銀色の時計を中心とした広場を指す。

以前そのエリアの壁面に複数のモニタTVで構成された広告・情報パネルがありJR東海から「メディア1(ワン)」と命名されていたことや、メディア1が設置される以前には待ち合わせスポットとして有名な壁画があり永く「壁画前」として親しまれたことから、今でも1970年代以降生まれ世代には「メディアワン」、1960年代以前生まれ世代には「壁画前」が名称として”通り”が良い[要出典]

なおその「壁画」は地下鉄桜通線工事に伴うものとして復旧を前提に「一時的に」解体された。壁画の作者は岡本太郎と間違われることがあるが、それは名古屋市中区オリエンタル中村百貨店(現・三越名古屋栄店)の外壁に岡本太郎作の壁画が存在したことと、名古屋駅太閤通口に繋がる地下街エスカのシンボルゾーン「幻想の広場」の構成を岡本太郎が行なったことによる誤謬である[要出典]

また「メディア1」に関しては、JR東海が2005年万博(「愛・地球博」)と中部国際空港連携事業に関連して推し進めている「名古屋駅エレベーター等整備計画図」に「撤去」と明記されている。

ナナちゃん人形

ヤマダ電機LABI名古屋(旧:名鉄百貨店ヤング館)前にあるナナちゃん人形付近も名古屋駅での有名な待ち合わせスポットの一つ。ナナちゃんはかつてセブン館と呼ばれていたヤング館のマスコットとして設置された、スイス製のマネキンである[要出典]。さまざまなパブリシティに使われており、水着や浴衣はもちろんのこと、優勝時の中日ドラゴンズユニフォーム等いろいろな衣装をまとう。

銀の柱

ナナちゃん人形が待ち合わせスポットとして定着する以前は、JR名古屋駅1階の東口・西口の2箇所にあった円筒状の柱(通称「金の柱」、「銀の柱」)が主な待ち合わせ場所として使われていた[要出典]。厳密には通常の柱の上部に金、銀の装飾を施したものであった。現在は、どちらの柱も駅ビル改装に伴い撤去されている。

名駅(めいえき)

中村区名駅の番地表示

名古屋駅の略称である名駅は、名古屋市中村区、西区の町名となっている。

住所としての名駅

名古屋市中村区と西区に置かれている。中村区名駅は1丁目から5丁目まであり、西区は1丁目から3丁目までとなっている。なお中村区と西区とで同じ町名の地は隣接している。

ちなみに、名古屋駅の住所は中村区名駅1丁目と西区名駅1丁目に跨って存在している(ただし、駅ビル(セントラルタワーズ)など駅建築施設の大半は中村区側に存在しており、西区が住所になる部分は駅構内のホーム下り側(岐阜方面)半分のみである)。

名駅周辺は、と並ぶ名古屋市の繁華街である。広義の「名駅」地域には、椿町・太閤・則武・丸の内などその周辺界隈も含まれる[要出典]

方面別の概要

東側(桜通口・広小路口

ビックカメラ名古屋駅西店

旧来から名古屋の玄関口で都心の一つであり、各種バスと地下鉄・近鉄・名鉄やJR間の乗り換え客などで人通りが多く商業施設も多い。

高島屋三省堂書店東急ハンズなどを商業テナントの核とするJRセントラルタワーズの完成(2000年)は、駅前再開発の大成功を収めた。これが呼び水となり2006年には旧豊田ビル・毎日ビルの跡地にトヨタ自動車毎日新聞社東和不動産の共同ビル「豊田・毎日ビルディング (ミッドランドスクエア)」が建設され、2007年にはトヨタ自動車中部電力名鉄などを中心とした牛島市街地再開発組合により、名駅地区の北側に位置する変電所及びバス車庫の跡地に市内でオフィス面積の最も大きい名古屋ルーセントタワーが建設された。

また、名鉄百貨店などに近接する旧三井ビルディング南館・東館跡地には、専門学校を主体とする超高層ビルモード学園スパイラルタワーズが完成(2008年)するなど若者の街としても更なる発展を遂げた。さらに2009年には名古屋市交通局旧那古野営業所跡地においてオフィスビルと分譲マンションの複合再開発が行われ名駅地区では初となる東京建物丸紅による超高層マンション・ブリリアタワー名古屋グランスイートが完成した。この時期はリーマン・ショック直後の未曾有の不景気の真っ只中であったが、最上階の一部を除いてほぼ売約済みとなるなど注目を集めた。

2008年3月、東和不動産を中心に三菱地所三井不動産郵便局会社・名鉄・近鉄など多数の企業で構成される「名古屋駅地区街づくり協議会」が設立された[PR 9]。これは名古屋駅の拠点性を生かし、名古屋駅前の将来性について幅広い観点から検討するもので検討の対象となる地域は名古屋駅の東側が中心となっている。

2006年公示地価の商業地上昇率では桜通口を含む「名古屋市中村区名駅」が1・2位他トップ10の内6つ(他4つ中2つは中区栄)を占め、栄地区に圧倒的な差をつけた。

桜通口や広小路口周辺にある主な大型商業施設はジェイアール名古屋タカシマヤや東急ハンズ名古屋店などが入るJRセントラルタワーズを筆頭に、近鉄パッセ (K’ntetsu Pass’e)名鉄百貨店本店(本館・メンズ館(旧MELSA))ヤマダ電機LABI名古屋ミッドランドスクエア商業棟・名鉄レジャックなどがある。また市バスターミナルの他、日本最古の多層型で市内最大のバスターミナル「名鉄バスセンター」などもある。地下には広大な地下街が延々と広がり、サンロードメイチカゲートウォーク地下街ユニモールミヤコ地下街と複雑に形成されている。

駅前地区の将来像(今後の再開発計画)

また名鉄は2008年9月、本社ビルの建替えを検討することを明らかにし翌年6月26日に行われた株主総会で名古屋駅前の再開発について名鉄百貨店名鉄グランドホテルの方向性など、本社建替えも含め今後3年間(2009 – 2011年度の中期経営計画内)で検討することを表明した。その後2010年12月6日の中日新聞の取材に対し、山本社長は名鉄レジャック一帯も含めた再開発になるとの見通しを示し、工事箇所を複数のブロックに分けた上で段階的に整備していくと答えた。さらに2011年2月3日に行われた記者会見において、自社ビルの建て替えを含めた名古屋駅前地区再開発について2012年にも構想をまとめる考えを示し、他社線との乗り換えの利便性を高めるため近鉄JR東海、名古屋市などと協議を開始することを発表した。また、ささしまライブ地区の再開発との連携も視野に入れるとしている。(後述の地下通路建設計画を参照)

さらに日刊工業新聞が2009年1月に報じたところによると、東和不動産は第二豊田ビル(東館・西館)の建替えについて2009年度から計画に着手し、地上20階か地上40階建て以上の超高層ビルに建替える方針を示した。当初、同ビルの完成時期を2019 – 2020年ごろを目処としていたが、2011年8月2日に東和不動産が発表したところでは、2013年度の着工、完成時期を2016年度とする計画に改められている。同時に、規模を地上25階・地下4階・高さ115mとすることも発表され、地上5階までを商業施設、地上6階 – 17階をオフィス、地上18階 – 25階をホテルとするフロア構成の全容も明らかになった。また、現ビルの東館・西館に挟まれた市道は、建替えに伴い西館敷地内の西端に付け替えられ、新たな市道沿いには公開空地や緑地帯・駐輪場が設けられる予定である。商業スペースのうち、地上2階 – 5階はシネマコンプレックスが入居し、ホテルは「(仮称)三井ガーデンホテル名古屋」が進出する予定である[PR 10]

その他三菱地所は2009年12月、自社が保有する大名古屋ビルヂングを地上38階・高さ190mの超高層ビルに建替える方針を発表した。同ビルに入居していた三菱UFJモルガン・スタンレー証券など、既に建替えに向けた主要テナントの移転が本格化しており、同ビル屋上にてチタカ・インターナショナル・フーズ株式会社が営業を続けてきたビアガーデン「マイアミ」も、50年目のシーズンとなる2012年9月16日をもって営業を終了した。なお、新ビルの屋上は法令により避難設備用のスペースとなるため、同店の再出店はできない見込み。 2014年2月24日には地下1階 – 地上2階に三越伊勢丹ホールディングスの店舗が出店する計画を発表した。[55]

仮に前述のすべての計画が実現した場合、桜通口周辺には既存のJRセントラルタワーズミッドランドスクエア名古屋ルーセントタワーモード学園スパイラルタワーズと合わせて、同規模の超高層ビルが10棟前後立ち並ぶことになる。

駅周辺にはビックカメラ(太閤通口)・ソフマップ(太閤通口、ビックカメラ内に移転)といった複数の家電量販店などが立地しているが、桜通口の大規模再開発に併せてヤマダ電機 LABI名古屋が名鉄百貨店ヤング館跡に出店している。また、JRゲートタワーにヨドバシカメラが出店を計画していたが、建設工事の遅れにより出店を撤回し、ビックカメラが入居すると報道された[56]

2010年12月10日付の建設通信新聞中部版によれば、名古屋市住宅都市局はささしまライブ地区の再開発に合わせ、名鉄レジャックや名鉄百貨店が立地する笹島交差点から下広井町交差点にかけ、歩行者用地下通路(延長は300メートル程度、幅員は6メートルを想定)の建設を計画しているとしている。これは名古屋駅前からささしまライブ地区にかけての歩行者動線の増強を目的としたものであり、地下通路案・デッキ案・歩道拡幅案の3案から決定された。これに先がけ、2011年度に笹島交差点と下広井町交差点の横断歩道などの拡幅を進め、その後地下通路の整備(行政主体)と笹島交差点西側の南北横断用施設の整備(民間主体)を段階的に進めていく予定である。なお、南北横断用施設は名鉄レジャックと旧・名鉄百貨店ヤング館の敷地を結ぶものと見られる。なおこの計画内容は、2011年6月1日付の読売新聞においても報道され、笹島交差点-下広井町交差点間の地下通路の着工時期を2013年度、完成時期を2016年度とすることも明らかになった。総工費は数十億円で、通路の両端にはテナントを入れて地下街とする予定である。また同紙によると、名鉄・近鉄両社は百貨店の地下通路(約300メートル)を再整備する方針も打ち出しているとのことである。

同じく2011年6月1日付の読売新聞では、2010年に日本通運やNTTなど5社と地元住民らで構成される「名駅南地区まちづくり研究会」が発足したと伝えている。同研究会は開発業者に計画策定を委託しており、2011年度中にも基本計画をまとめる予定である。研究会の参加企業からは、「一等地の駅前には手が出ない地元企業などを受け入れる」「都市型マンションと入居者向けの商業・医療施設を造る」「大学や国際交流拠点を持つささしま地区と連動した文化・芸術・商業・研究施設の建設」などが提案されている。

一方で、新幹線口(太閤通口)に面した西側の地域(通称「駅西」地区)では地権者が複雑であることやかねてから東側の発展とは一線を画して時代を過ごしてきたことといった特殊な土地事情から、このような大規模再開発計画は今のところないが、リニア名古屋市ターミナル駅(仮称)の上部空間については、土地の有効活用を図るべくリニア駅周辺街区の面的整備が検討されている

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